征韓論で激突!
もうここいらでよか!
一蔵どんまだ早かど!
大河ドラマ 翔ぶが如く 【第二部予告編】です。
西郷隆盛の弟の「西郷小兵衛」役
あんたは戦を知らん!
新しい国づくりを目指して奮闘する龍馬! それを支えるお龍との幕末・運命の愛!!
西郷隆盛
「大国は自分の都合の良いようにルールを扱い、小国を力で踏みにじることができる(ドイツ・ビスマルク首相)」。明治初期、日本外交は幾多の場面でこの言葉を噛み締めることになる。開国に際し西洋列強と締結した不平等条約の是正、その闘いはアジア諸国に向けられる絶えざる差別と偏見のただなかで、日本が戦争を介して西洋列強と外交を継続させんと茨の道を歩み始めた瞬間でもあった。 ■「北海道植民地化計画」を扱った論文「19世紀における北海道植民地化計画-3人のドイツ人の試案に関する比較研究-」AHバウマン.日本独学史学会論集「日独文化交流史研究(2004)」 kenkyu-web.cin.nihon-u.ac.jp ○略年表・壱 (安政元年~明治6年) 1853年 黒船襲来1854年 日米和親条約 締結. 鎖国体制が崩壊する. 1858年 日米修好通商条約(不平等条約) 締結1868年 明治元年. (大政奉還の詔) 1871年 岩倉使節団、米国へ向けて出発1872年 米国にて条約改正交渉に臨む. ★ 1873年 岩倉使節団 帰国□関連リンク Part.3 「特命全権大使・米欧回覧実記」(提供:国際日本文化研究センター) www.nichibun.ac.jp ドイツ帝国(1871-1918) (提供:Wikipedia) ja.wikipedia.org ■【外交史】日本の外交・明治編 :再生リスト(全7話) jp.youtube.com
長州男児の肝っ玉をお見せしよう!
"Shinsengumi Keppuroku"
新しい日本の夜明けじゃ~
田原坂を訪ねてみた
大久保利通・土方歳三の借金 途中からで済みません。
大内義隆辞世の句
増田先生の仰る通りNHK『篤姫』で小松帯刀と篤姫が恋仲だったのは完全なフィクションです。そもそも二人は一度も会ったことがありません。また、小松と坂本龍馬が個人的に非常に親密であったかのような描写も演出に過ぎません。小松帯刀が武力討幕に反対だったとする描き方も史実とは全く違い、小松と西郷・大久保は完全に協調していました。この書状の内容もそれを裏付けています。 「嘘と知りつつその瞬間感動するのがドラマ」だとしても、NHK『篤姫』のようにその嘘があまりに甚だしいと興醒めで物語に没頭できません。優れた歴史物とは歴史の知識が有れば有るほど関心が湧きのめり込める作品だと思います。歴史に多少でも知識が有ると却って楽しめない作品というのは、歴史物として構造的欠陥があると言うしかありません。 NHK『篤姫』の良い所は、小松帯刀と篤姫の名を世に広めた点だけだと思います。
私は坂本龍馬を「嫌い」ではありませんが、「人気先行」(小倉智昭氏)「作られ過ぎ」(丸山和也氏)「商売人」(島田紳助氏)といった指摘は的を射ていると思います。 この映像に登場した万国公法の話も、勝海舟の学校で塾長だったという話も、薩長同盟を発案したという話も、大政奉還を思いついたという話も、大政奉還を推し進めたのは平和主義者だったからという話も、新政府の役職を望まず「世界の海援隊をやりたい」と語ったという話も、有名な話の多くが後世のフィクションです。また、坂本は土佐浪人仲間と一緒に、勝海舟が松平大隅という人物に預けていた金400両の中から50両を無断で借り出し踏み倒すというかなりえげつないこともしています。(無断借用を勝が知ってからは、坂本と勝の間には一切の交渉が無くなります。坂本が生涯勝の愛弟子だったというのもフィクションです。) 坂本が薩長密約(または薩長盟約。研究が進んだ結果、薩長同盟・薩長連合という言葉を使う研究者は減っています)の締結に重要な役割を果たす等の大きな仕事をした偉人であるのは間違いありませんが、今世間に広まっている龍馬像は実際の彼とあまりにかけ離れています。「幕末のヒーロー」と言うより「幕末のアイドル(偶像)」と言った方がいいでしょう。天国にいる坂本龍馬にとってはまことに有難迷惑な状況かもしれません。
内務卿です
長州藩は狂っちょる!
【掲載順】 1 有栖川宮熾仁2 近藤長次郎3 江藤新平4 使節団の女性5 使節団の女性6 トーマス・グラバー7 福岡孝弟8 後藤象二郎9 後藤象二郎10 桂小五郎11 萩藩士たち12 タウンゼント・ハリス13 辺見十郎太14 伊藤博文15 本間精一郎の首? 16 近藤勇17 維新の群像18 維新の群像19 西郷いと20 大山巌21 清水次郎長一家22 福沢諭吉と咸臨丸の乗組員23 海援隊士24 菅野覚兵衛25 旧幕府軍 幹部26 松平容保と家臣たち27 松平容保28 勝海舟29 桂小五郎30 和宮31 長岡謙吉32 斎藤弥九郎ほか幕末の剣士たち33 奇兵隊34 西郷小兵衛35 近藤勇36 黒田清隆37 幕末の少女たち38 高杉雅子39 木戸松子(幾松) 40 明治天皇41 明治天皇42 徳川慶喜 正室・美賀子43 宮川助五郎44 宮川助五郎45 井上馨46 毛利敬親47 陸奥宗光48 陸奥亮子49 永井尚志50 永倉新八51 坂本龍馬52 中岡慎太郎53 中岡慎太郎54 中岡慎太郎55 仁和寺宮嘉彰親王56 小栗忠順57 佐々木高行 岡本健三郎58 大久保利通59 大村益次郎60 楢崎龍(おりょう) 61 坂本乙女62 ハリー・パークス63 マシュー・ペリー64 坂本龍馬65 坂本龍馬66 坂本竜馬67 坂本竜馬68 西郷隆盛69 佐久間象山70 三条実美71 西南の役に出征した斉藤一たち72 高杉晋作73 パリでの大久保利通たち74 松平春嶽75 田中光顕76 谷干城77 高松太郎78 高杉晋作ほか79 徳川慶喜80 岩倉具視81 寺田屋のお登勢82 土方歳三83 土方歳三84 吉田東洋85 高杉晋作の妾・おうの86 尾崎三良(戸田雅楽) 87 遣欧使節団とスフィンクス88 岩崎弥太郎89 徳川慶喜90 山内容堂91 福沢諭吉※BGMは、YouTubeの「オーディオ入れ替え(AudioSwap)」からClarance Boddykerの「CRAMDIN (INSTRUMENTAL)」を選びました。
'69.5.13 於:「東大【焚】祭」
熊本城
橋本 左内(はしもと さない)は幕末の越前国福井藩士。著書に『啓発録』。嘉永2年(1849年)、大坂に出て適塾で医者の緒方洪庵・杉田成卿に師事し蘭方医学を学んだ後、水戸藩の藤田東湖・薩摩藩の西郷隆盛(吉之助)と交遊。他に梅田雲浜や横井小楠らと交流する。越前・福井藩主の松平春嶽(慶永)に側近として登用され、藩医や藩校・明道館学監心得となる。一橋慶喜(徳川慶喜)擁立運動を展開。幕政改革、幕藩体制は維持した上での西欧の先進技術の導入、日本とロシアの提携の必要性を説くなど開国派。安政6年(1859年)、井伊直弼が発令した安政の大獄で小塚原刑場にて斬首。享年26。墓は吉田松陰などのものとともに南千住回向院。
西郷隆盛(1828-1877。幕末・維新期の政治家。薩摩藩士。同じ薩摩藩の大久保利通、長州藩の木戸孝允(桂小五郎)と並び、「維新の三傑」と称される。薩長同盟の成立や王政復古に成功し、戊辰戦争を巧みに主導した。勝海舟と交渉して江戸城無血開城を実現。新政府の陸軍大将・参議をつとめるが、征韓論政変で下野。帰郷して私学校を設立するが、77年私学校党に擁せられて挙兵(西南戦争)。敗れて城山で自刃した。) ニコニコから転載